ジャズとドラッグとデモーニッシュな勢い

こんにちは。春樹さんは音楽に関する本を読むことが好きと書かれてましたが、僕も好きでよく読みます。特に伝記ものとか、時代背景を含めて興味深いです。でも往年のジャズメンのものとかだと、一歩間違えると彼がいかに酷い人物だったかの羅列の様になりますね? 中学生の時ジャズを聴きはじめて興味を持って、図書館で『チャーリー・パーカーの伝説』という本を借りて読みました。どんな素晴らしい伝説が書かれているのかと思ったら、ほとんどが、他のミュージシャンからの取材話なんですが、あいつに金貸したけど返してもらってねえ、とか、楽器が無くて仕事できないというからオレのアルト貸してやったら質に入れやがった、とか、そんなことばかり書いてあって、これを本にする必要ってあったのかなぁとはたと考えてしまいました。最近だとチェット・ベイカーに関しての本がすごかったです。はじめの十分の一の部分は彼が才能豊かなハンサムなトランペッターだったという記述なんですが、そこから先は、いかにして彼がジャンキーと化して、いろいろな国でありとあらゆる悪事を働き、周りを巻き込んで、身内の人生を破壊していったか、といったことが延々と書かれていて、ちょっと気が滅入ってしまいそうになりました。なんったって日本語訳のタイトルが、『終わりなき闇 チェット・ベイカーのすべて』ですから。でもそれとこれとは別というか、彼の音楽の価値は独立して存在しているのですけれども。当時のジャズとドラッグとは切っても切れない関係にあると思いますが、短絡的にドラッグの影響で、50年代60年代のジャズが創られたとは考えたくないのですが、春樹さんはどう思われますか? もっと大きなその時代を包むデモーニッシュな勢いが、ジャズもドラッグも公民権運動もブラックムスリムも一緒くたにして結晶した結果のひとつとしてあのようなビーバップ以降のジャズが生まれたように思うのですが。
(肯定ぺんぐぃん、男性、54歳、音楽家)

僕がジャズ・ベーシストのビル・クロウさんに、ニューヨークでインタビューしたときも、出てくる話は麻薬の話ばかりでした。彼が一緒に演奏していたスタン・ゲッツもジェリー・マリガンも、当時は麻薬漬けになっていて、一緒にやっていくのがずいぶん大変だったということでした。でもクロウさん自身は麻薬はやらなかった。「どうして?」と尋ねたら、「いや、僕もちょっと試してみたんだけど、なんかアレルギーみたいで」と笑っていました。彼のようにまったく麻薬をやらない人は、むしろ珍しかったみたいですね。それくらいジャズ・シーンに麻薬は広く深く蔓延していたんです。主にヘロインです。麻薬を一緒にやらないとその世界(inner circle)に入れてもらえない、みたいな風潮もありました。麻薬にはまることが一種のイニシエーションみたいになっていたんです。おかげで多くの才能あるミュージシャンが早死にしていきました。

その前の世代のジャズ・ミュージシャンはヘロインはやらなかったけど、なにしろ酒浸りで、多くのミュージシャンがアルコールで命を縮めました。時代の先端にある音楽というのは、何かしらそういう中毒性のものを求めるみたいですね。1960年代後半のロックがそうでした。ジミ・ヘンドリックスもジム・モリソンもジャニス・ジョップリンも飲酒とドラッグで、若くして命を落としました。伝説は美しいけれど、実情はおおむね悲惨なものだったみたいですよ。

村上春樹拝