震災のつらい気持ちが波のように

村上さんこんにちは。アリクイが好きで、一度一緒に暮らしてみたいと思っている寅年の女です。

世の中では「さんてんいちいち」、なんて円周率みたいに言われていますが、もうすぐまた3月11日がやってきますね。私は当時、海から徒歩10分の距離にある実家におりました。遠くからやってくる津波は映画で観たもののようで、まさに壁でした。水の壁です。私は必死に走って逃げました。私の遠く後ろで、津波に呑み込まれてしまった車や多くの走る人たちの姿を、未だに夢で見てしまうくらい、とてもとてもつらい出来事でした。当時私はまだ学生で、しばらくの間一睡もすることができず、病院に通ったりもしていました。シャンプーの泡がシャワーで流れて排水口に吸い込まれていく様子さえ、津波に攫われる人々に見えました。
あれからもう4年たち、社会人となった今も、つらい気持ちがそれこそ波のようにやってきて、あのときこうしていればあの人は助かったよなーとか、もし津波がくることがわかっていたら、あれとこれを準備して、皆に逃げるよう伝えて……などと、考えてもしょうがないことを考えます。そしてふと我に返り、こんなこと考えたって、時間が戻るわけじゃないのに馬鹿だなーと涙が出てきます。でも考えてしまうのです。そんなことを繰り返しています。
世の中では、もう「さんてんいちいち」のことは、少しずつ話題にも上がらなくなってきました。あんなに怖い出来事があったのに、人間ってやっぱり忘れてしまうのですね。私自身も、気が付かないだけで、大切なことをたくさん忘れちゃっているのかなーって心配になります。
こんなつらい思いやふがいなさを抱えて、あと何十年も生きていかなきゃならないのかと思うと、正直結構しんどいです。自分はかろうじて生き残った身ですから、頑張って生きていかなくちゃ、と思っています。でもでも、やっぱりしんどいのです。こんな、つらい気持ちとうまく付き合っていくには、どうしたら良いのでしょうか。コツみたいなものってありますか? 本当にわからないのです。周りの人には、心配かけるだろうなと思って聞けません。村上さんは、私としょっちゅう顔を合わすこともないし(たぶん)、私の住んでいるところから遠いどこかにいらっしゃるので聞いてもいいかなと思い、メールを送った次第です。

追伸
私がアリクイを好きになったきっかけは、村上さんがフランクフルトの動物園でアリクイの夫婦を見た、という文章を読んでからです。それでなんとなくアリクイが気になって実際見にいったら、すごく惹かれました。最近はアリクイをペットとして飼っている人もいるみたいですね。首がスラっとしていて、マフラーを編んであげたいなー、って思いました。
(アリクイのしっぽ、女性、28歳、会社員)

死と向かい合わせになった経験というのは、人の心に深く残るものです。特にあなたのように、まわりの人々が津波に呑み込まれていく光景を目になさったとなれば、その重みは大変なものになってしまうはずです。僕も地下鉄サリン事件の被害者や遺族の方々のお話をうかがっていたとき、そういう死の重みをひしひしと肌身に感じました。だからあなたのおっしゃっていることは、僕なりに(あくまで僕なりにですが)理解できます。というか、その重みを僕なりに想像することはできます。

どうしたらよいのか? 僕にはその問いにはとてもお答えできそうにありません。うまくやっていくコツなんて、どこにもないような気もします。僕にただひとつ言えるのは、記憶を無理に消すことはできないということです。もし記憶が消せないのだとしたら、それと一緒に生きていくしかありません。それを「これはこの世界の必須の一部なのだ」と思って、むしろ積極的に引き受けてやっていくしかありません。それを進んで引き受けるメリットは何かあるのか? とくにないと思います。あなたがその分、深く強い人間になれるという以外には。

村上春樹拝