申し訳なくて「のんびり」できない私

こんにちは。19年前、高校2年生の国語テストで出た「象の消滅」にびっくりして以来、村上さんの本を読んで大人になったもめん湯豆腐と申します。
20代で水泳をはじめたり、30代でトライアスロンやってみたり、冬にラム入りコーヒーを飲むようになったりと生活にも多大な影響をうけました。
とても感謝しています。
そんな村上主義者な私ですが、いつもエッセイなどを読んでうらやましく感じるのがハワイやギリシャなどで「のんびり過ごした」と表現されていることです。
わたしは心からリラックスしたり楽しんだりすることにいつもある種の「申し訳なさ」を感じてしまい、没頭することができません。
旅行でも好きな音楽のライブでもすごく楽しみにしていたのに、当日になると「私にはもったいない」「こんなにすばらしい時間を享受したらばちがあたるんじゃないか」と頭の片隅で考えてしまっていやになります。
以前、父親にそのことを伝えてみたら「ごめん、俺のせいだと思う。お前が小さい頃に『苦労しないと幸せになれないよ』『幸せは苦労と比例』みたいなことをさんざん言ってたから」とのことですが、憶えていないし、ほんとに関係してるのかもわかりません。
たしかにストイックに水泳とかヨガとか英語の勉強やってるときのほうが幸せを感じるような気もします。
この「申し訳なさ」の感覚をなくして、心から「のんびり」するにはどのような構えが必要だと思いますか。教えてください。
(もめん湯豆腐、女性、36歳、会社員)

そうですか。ぼんやり、のんびりするのは僕の特技みたいなものです。僕もがんばるときにはがんばりますが、気を抜くときには気を抜きます。ただただぼおおおっとしています。カウアイ島のノースショアにアニニ・ビーチという海岸がありまして、僕はよくそこで風に吹かれてただただのんびりしていました。うとうと昼寝をしたり、本を読んだり、ウィンドサーファーを眺めたり。そういうぼんやりするためのスポットをいくつかこしらえておくといいですよ。

村上春樹拝