自己に潜む「ねじれ」と「偽善」

真剣におびえています、今の日本の状況に。
以前憲法についての質問に村上さんが、
「今の憲法を矛盾やねじれ『コミ』でしっかりと支えていくことが大事なんじゃないかと。そうすることで、僕らはより『深い』精神を持つ国民になれるのではないか」
「我々は自分自身の中に潜むねじれや偽善性のようなものを、今一度しっかりと見つめ直す必要がある」と書かれていました。
自分自身の中に潜むねじれや偽善性のようなものを見つめ直す必要を感じます。
でなければ、まともがわからなくなってしまいます。
(ナラとローラ、男性、40歳)

自分の中に「ねじれ」や「偽善性」があるから、そういうのをみんなちゃらにして、すっかりきれいにしちゃおうとすると、その結果そこに危険なものが生じる場合が多いようです。オウム真理教に走った若者たちの中にも、そういう人々が数多くいました。整合性ばかり純粋に追求していくと、全体性を見失ってしまうことがあります。人についても、社会システムについても、また憲法についても、同じようなことは言えるのではないかと僕は考えているのですが。

村上春樹拝