つまらない文学よりビジネス書を読め!

いつも読ませて頂いております。
先日、仕事場の休憩内に村上さんの小説を読んでいたら、そこに顔を出した社長に「つまらない文学を吸収する暇があったらビジネス書を読め!」と叱責されました。
この社長は3年前に親会社から出向で単身赴任で子会社の社長になった一言で言うと「エリート」なのです。
そうも言いながらも毛嫌いせずに月に一度はプライベートで酒を交わす程度の仲は築いてあるので、率直に「社長は村上春樹の小説を読んだ事はあるのですか?」と聞いたところ「国内の純文学などには興味は無い」と言い出す始末。
私もビジネス書も年間50冊以上は読みますし、同じくらいの小説やエッセイを読みます。
趣味趣向は音楽においてもありますから、そう否定はしないものの、この堅物発言には腹が立ったので「無駄(エンターテイメント)な知識も人生においてはウイスキーのような嗜好品」として必要だと反論すると「酒は最終的には全部流れる」などとまるで文学に出てきそうな台詞で反論するこの社長。
文学作家の方からして、いかがなものでしょうか? 
(クロネコトマト、男性、34歳、会社員)

そうですか。たしかに文学ってあまり実際的な役には立ちません。即効性はありません。実におたくの社長のおっしゃるとおりです。言うなれば、なくてもかまわないものです。そして実際にこの世界には、小説なんて読まないという人がたくさんいます。というか、むしろそういう人の数の方がずっと多いかもしれません。

でも僕は思うんですが、小説の優れた点は、読んでいるうちに、「嘘を検証する能力」が身についてくることです。小説というのはもともとが嘘の集積みたいなものですから、長いあいだ小説を読んでいると、何が実のない嘘で、何が実のある嘘であるかを見分ける能力が自然に身についてきます。これはなかなか役に立ちます。実のある嘘には、目に見える真実以上の真実が含まれていますから。

ビジネス書だって、いい加減な本はいっぱいありますよね。適当なセオリーを都合良く並べただけで、必要な実証がされていないようなビジネス書。小説を読み慣れている人は、そのような調子の良い、底の浅い嘘を直感的に見抜くことができます。そして眉につばをつけます。それができない人は、生煮えのセオリーをそのまま真に受けて、往々にして痛い目にあうことになります。そういうことってよくありますよね。

(結論)小説はすぐには役に立たないけど、長いあいだにじわじわ役に立ってくる。

村上春樹拝