人生という実験室で

村上さんの物語を読み終えると、終わってしまったさみしさを感じると共に、ああ、自分でも気づかないうちに、またあの場所に連れて行かれてしまった、と感じます。
同時に何とも言えない疲労感、脱力感、そして恐れというより畏怖のようなものがしばらくの間、消えずに残ります。自分ではない誰かにあの場所に連れて行ってもらえる機会は滅多になく、私にとってはそれはどんなものより価値があります。
今日質問したいことは、人生という実験を続けるための、成功させるためのコツは何ですか?ということです。
私も自分を実験台だと考え、試していることがあります。けれども、時々苦しくなります。今、目に見えていることを超えて、理性的に思考し、検証することに、そして忍耐して結果を待つことに。
(シュレディンガーの猫、女性、46歳)

僕が「人生とは実験室みたいなものだ」というとき、僕の頭にあるのはそんなにややこしいことではありません。「何かひとつのことをたゆまずに根気よく続ける」といったような、わりに単純なことです。何かをこつこつと続けて、それがどんな結果を生むか、時間をかけて見届けよう、という程度のことです。何をやるか、それはもちろん人によって違います。誰にも比較的得意なことがあり、不得意なことがあります。興味を持てることがあり、興味が持てないことがあります。

僕の場合は文章を書き続けることと、日々走り続けることです。翻訳をすることを入れてもいいかもしれません。いずれにせよ、何かをこつこつと長く我慢強く続けること。そうすればあなたの中できっと何かが変わってきます。それが僕の言う「実験」の意味です。実験が成功するかどうか、それは僕にはわかりません。成功したかしないか、それは最終的にあなたが決めることですから。でも、いずれにしても、少なくとも何かを最後まで続けたという手応えは残るはずですし、それがただ無駄に、無為に終わってしまうようなことは決してないと僕は思うんです。もちろんこれは僕の個人的な世界観であって、誰にでもあてはまるわけではないのでしょうが。

村上春樹拝