「前作より新しい」従来の魅力はどこへ?

村上さん、こんにちは。
村上さんの作品のもうひとつの大きな魅力は、どの作品も前の作品より新しいということです。だから、1979年以来ひたすらに村上さんの熱烈な愛読者であり続けられたわけですが、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』だけはその魅力に欠けていました。出版社的には新規顧客が来ればそれでいいやということかもしれませんが、これからも村上さんの熱烈な愛読者であり続けられたらどんなに幸せだろうかと思わずにはいられません。
(ときどきネコ、女性、55歳)

せっかく読んでいただけたのに、ご期待に添えなくて申し訳ないと思います。

でも、決して反論するわけではないのですが、僕としてはあの小説をそれなりに強い意欲を持って書いたんです。これまでに使ったことのないいくつかの筋肉を用いて、心を込めて書きました。そのフィジカルな感触はまだ僕の中に残っています。そこに登場した人々もまだ僕の心の中にその温かみを残しています。個人的には好きな作品です。

僕が『ノルウェイの森』を書いたときにも、だいたい同じような批判を世間で受けました。ここには何も新しいものはない、後ろ向きの小説だ、みたいに。でも僕としては『ノルウェイの森』で、これまでにできなかったことをいろいろとやったんです。そしてそれは次の小説へとうまく繋がっていきました。『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』にもたぶんそれと同じことが言えるのではないかと思います。

「前作を超える必要はない。超えられなければくぐっていけばいいんだ」というのが僕の一貫した姿勢です。僕がこれまでに書いた小説を思い出してみても、「超えた」小説もあれば、「くぐった」小説もあります。超えても、くぐっても、とにかく前に進んでいけばいい。歩を確実に前に進めていくことに意味があります。僕はそう思っています。もちろんこれは僕の意見であり、ものの見方です。それがあなたの意見や、ものの見方とは一致しないかもしれません。それは当然のことです。いつも一致するとは限らない。またいつかどこかで一致すると嬉しいのですが。

ただ商業主義的に妥協したという風に受け取られると、僕としては少しばかり悲しい気持ちになります。そういうことは決してありませんから。

村上春樹拝