本当につらいとき、闇に耐える強さ

こんばんは。
メールを一晩寝かせてから出してみることにします。
毎日数百、数千(?)のメールを読み、お返事を書かれていて、さぞやお疲れだと思いますが、お疲れが出ませんように。

私は数年前に『約束された場所で』の村上さんと河合隼雄さんとの対談を読んで、人生観が変わるくらいの衝撃を受けました。今でもときどき考えが偏りそうになったら、読み返しています。

それから、河合隼雄さんの著書もたくさん読みましたが、『こころの処方箋』の「灯を消す方がよく見えることがある」という章が特に好きです。
その中の「子どもがつらいときに、方法を探しまわるのではなく、子どもとただそこにいることが大切。そうすれば暗闇から光が見えてくることがある」という言葉が、子育てする上において、私の指針となっています。

村上さんも「井戸の中に下りて行く」ということを言われていて、同じような意味なのかなと思っています。
私はお二人の言葉にすごく共感するんですが、実際はつらいときや苦しいとき、方法を探してそこから逃げたくなるし、何もせずにただそこにいるというのはとても難しいです。
具体的な状況の変化(例えば離別や転落とか)がすごくこわくなってしまうんです(いつもそういうことがあるわけではないですが)。

でも、いろいろ年を重ね、逃げたり、探しまわることを繰り返すのは何か違うなと自分でも気づいてきています。
河合さんの言葉でいえば、不安にかられたときにうろうろする人ではなく、灯を消して、しばらくの間、闇に耐えられる人になりたいのです。
どうすればそんな強さを持てるようになるんでしょうか。村上さんのお考えをお聞きしたいです。
(がごめ昆布、女性、45歳)

何か本当にきついことを、つらいことを体験したときには、あまり直接的な、即効的な解決策を求めない方がいいのではないかと、僕も考えています。少なくともしばらくのあいだは、誰かに相談したりもしない方がいいだろうと。それよりはその「きつさ」をじっと抱えていた方がいいのではないかと。それを一人でしっかり抱えているうちに、何かしら自然に見えてくるものがあるのではないかという気がします。それがおそらくは、河合先生の言う「灯を消す方がよく見えることがある」ということなのではないでしょうか。

あまりに早く解決策を見つけてしまうと(あるいは見つけたと思ってしまうと)、人にとって大事な「心の年輪」みたいなのが、そこでうまくつくられないままに終わってしまいます。「今は年輪をつくっているところなんだ」と思って、じっと我慢することが大事です。僕が「井戸の底に降りていく」というのも、たしかに同じような趣旨のことなのかもしれません。

村上春樹拝