漱石『三四郎』における美禰子さんの生き方

こんにちは。大昔、村上朝日堂で質問に答えていただいたことがあります(そのせつはありがとうございました)。
本日は漱石の『三四郎』について質問です。私はあの小説が好きです。特に美禰子さんが大好きです。そして10代の頃、すべてが謎でしかなかった美禰子さんの行動の理由が、年を経るにつれてだんだんとわかるようになりました。というか、どれもこれもとても他人事とは思えなくなりました(私の思い込みかも知れませんが)。
そこで村上さんに質問です。美禰子さんはどうすれば良かったんでしょうか。年若き三四郎を惑わし、婚約者の野々宮さんに愛想を尽かし、青春の記念に自分の絶頂期の絵姿を描かせ、最後には「立派な人」に嫁ぐ以外に、彼女にとって「より良き選択肢」なんてものは果たしてあったんでしょうか? 
(紅子、女性、47歳、文筆業)

選択肢があったかどうか、僕にはわかりません。僕にひとつだけ言えるのは、「そういう人っているんだよね」ということだけです。本当にそういう人っているんです。そして実際にそういう人生を歩みます。『三四郎』を読み終えたあとに僕の心に残るのは、そのようなずっしりとした納得感です。取り残された人々が、みんな腕組みして「うーん」と考え込んでしまうような女性。いますよね。漱石って、よく人を見ているよなといつも感心します。

村上春樹拝