小説を書くときのイメージの力とは

村上さん、こんにちは。
最近、イメージする力というのは非常に大事なことなのかも知れないなぁと思い始めました。
プロ棋士は実際の駒がなくても頭の中で駒を見ながら動かすことができるようですし、なんらかいいお仕事をされる人というのは、少なからずその力が普通の人よりも強いように感じます。
村上さんも小説を書くときは、映画を観るように、まるでそこに実際の登場人物がいて、彼ら/彼女らが話したり、食べたりする様子が見え、それを書き写す感じなのでしょうか? 
またその登場人物たちの姿形は、あれこれ考えるというよりも、ふっと見えてくるのでしょうか? 
(世界の始まり、男性、31歳)

映画を観るようにというよりは、自分がそこに参加しているように、という方が近いです。もっとリアルで、立体的です。物語の中に入っていくと、そういう感じになってきます。でも細部は自分でつくっていかなくてはなりません。すべてが自動的にやってくるわけではありません。おおまかな姿がやってくると、そこに細部をさっさっと賦与していく。そうすると姿がより明確に立ち上がってきます。そういう作業を一日に四時間なり五時間やります。そこでいったん中断して、翌日にその続きをやります。言うなれば、夢の続きを観るわけです。

ウディ・アレンの「カイロの紫のバラ」っていう映画は観ました? 映画の登場人物がスクリーンから外に出てきたり、逆に観客が映画の中に入っていったり。ああいう感じって、僕にはよくわかります。

村上春樹拝