「どうか鋭くあろうと思わないでください」

村上さん、初めまして。

村上さんの本に出会ったのは、高校三年生の秋の図書室です。
それからの人生、村上さんの文章に支えてもらうこともしばしばありました。
反抗期もありましたが、今は心落ち着くひと時をもらっています。
ありがとうございます。

それでは、質問です。

「バート・バカラックはお好き?」のなかで主人公が、文章を書くことについて、「どうか鋭くあろうと思わないでください」と述べています。

高校生の時に初めて読んでから、この言葉が心に残っているのですが、これは村上さんご自身の思いとして書かれたものですか? 
そうだとして、今現在もそう思われていますか? 
(黄色い新幹線、女性、35歳)

文章を書くときにいちばん必要なのは、おそらく親切心だろうと僕は常々考えています。相手が読みやすく、わかりやすく、受け入れやすく感じる文章を書くこと。それが大事です。文章というのはあくまで伝達のためのツールですから、読みにくい文章というのは、そもそも根本原理に反しています。

そういう「わかりやすい」文章を立体的に組み合わせることによって、できるだけ深く、奥行きのある総合作品をつくりあげていきたいというのが、僕の基本的な考え方です。そこにはあるいは結果的に、鋭い文学性や芳醇な香りが生まれてくるかもしれません。でもひとつひとつの文章自体はできるだけ優しく、そしてシンプルなものでなくてはならない。それが基本です。もちろん「おれはそうは思わない」という書き手の方もおられるでしょうが、少なくとも僕はそう信じて今までやってきました。

村上春樹拝