人は「相」を抜けるたびに賢くなる

17歳で『風の歌を聴け』に出会い、主人公の「僕」のようにわりと孤独でいることがかっこいいと思ってしまい(何しろ若かったもので)、大学時代は積極的に人とつながることもせず過ごしてしまいました。ある日『村上朝日堂』を読んで、なんだ村上さんて全然孤独じゃなくて、楽しそうに暮らしてるんだ、と拍子抜けした記憶があります(これも短絡的ですが)。そこから自分の方向性を見直し、今ではまあ、わりと楽しく暮らしています。大人になってみると村上さんは関わる人が多いわけではなく深くつきあわれる人なんだな、と理解しています。単なる感想です。読んでいただきありがとうございます。
(小助、男性、48歳、会社員)

人生というのは様々な相をくぐり抜けていくものです。抜き差しならないほど孤独な相もあれば、そこをふっと抜けて、開けたところに出る相もあります。かと思えばまた深く迷路をさまよう相もやってきます。いろんな相を通過するたびに、少しずつ賢くなっていきます。というか、賢くなっていくべきなんですよね。楽しそうに暮らしているように見えるかもしれませんが、僕も僕なりにところどころできつい相を通過してきました。ただ僕としては、きつい部分はなるべく自分だけで処理する、そのまま表には出さないようにする、という方針でやっております。まあ、基本的には楽しく暮らしているわけですが。

村上春樹拝