ナミビアの荒野で『After Dark』

大学一年の頃に『ねじまき鳥クロニクル』に出会い、それ以来15年間ブレることなく村上春樹ファンでいるものです。
このたび約10年ぶりにこの場が開設されたことをとてもうれしく思っています。というのも、僕には春樹さんにどうしても伝えたいことがあったからです。
今から5年ほど前になりますが、僕はアフリカに旅に出ました。エジプトから南アフリカまで、七ヶ月間かけて大陸を縦断する旅です。
旅に出て半年近くが過ぎた頃、日本から持ってきた本もすべて読み終えてしまったので、新しい本を求めてナミビアという国の首都ウィントフックという町で本屋に入りました。
僕はその本屋で「村上春樹ファンで良かった」とつくづく思いました。なぜなら日本とは地球の反対側の、それほど大きくはない本屋でさえ、英語訳であれば村上春樹の本が手に入るからです。
僕はその本屋で『After Dark』を買いました。
そして後日、そこが地球ではなくどこか他の惑星なのではないかと思ってしまうほど見渡す限り何もないナミビアの荒野にテントを張り、強風吹き荒れる中、夕日が沈み、暗闇で文字が見えなくなるまで『After Dark』を読みました。
原作ならばその数年前に読んでいて、大まかな話の流れも覚えていたのですが、その時に読んだ『After Dark』はとてもすごかったのです。
その衝撃は僕の神経を完全に麻痺させてしまい、体の動かし方を忘れてしまったというか、自分に体というものがあったことさえ忘れさせてしまったかのように、僕はピクリとも体を動かすことなくその本にのめり込んでしまいました。
その経験が今の僕にどんな風に作用しているかはわかりません。その経験があったからといって、突然僕の中の何らかの才能が開花しただとか、たくさんお金を稼げる仕事に就けるようになったというわけでもありません。どうやらその経験は、そういった事とはあまり縁のない出来事のようです。
その出来事は時間をかけてこれから少しずつ僕の中で何か形のあるものに変わっていくのかもしれないという予感もありますが、もしかしたらこのまま何も起こらないのかもしれません。
それでもあの日のあの感覚は、これから何十年たった後でも、僕の人生の中のひとつのマイルストーンとして、きっといつまでも色褪せることなく、はっきりと残されていくのだと思います。
そして今この文章を書いている僕がそうであるように、未来の僕もあの日の出来事を思う度に、あの時に受けた衝撃を思い出し、あの荒野へ帰っていくのだと思います。
そんな経験をさせてくれた春樹さんに感謝をすると共に、いつまでも春樹さんの作品を愛読させていただきたいと思います。
新作楽しみにしてます。
がんばってください。
(アジャラー、男性、34歳、フリーター)

アフリカの縦断、五年前よりは今の方が確実に危なくなっていますよね。でも五年前だって、けっこう危ないことはたくさんあったと思います。ちょうどあなたと同じ頃にポール・セローが徒歩とバスとでアフリカを縦断する旅行をして、『ダーク・スター・サファリ』という旅行記を書いていますが、これを読むとその大変さがよく理解できます。

でもまあ、無事に帰ってこられてよかったです。あちこちで僕の本を読んでくれてありがとう。旅先で読んだ本というのは、不思議に心に残るものですが、そんな風にありありと深く感じてもらえるというのは、作者にしてみればとてもありがたいことです。

村上春樹拝