言葉の怖さについて

はじめまして。
Twitterを通じてこのサイトのことを知りました。

私は最近「人間」がとても苦手になりました。
仲良く話してくれている友達も実は裏でいろいろ良くないことを話しているという噂を耳にしたり、Twitterであらゆる人を批判する友達の姿を見かけたり。

誰しもが表と裏の顔を持っていて、コントロールしながら生きているのでしょう。
けれど、その結果、皆誰かを傷つけたり、自分自身が苦しんだり。
何のために人って生きてるのかなあ、と考えるようになり、自分が「人間」であることがすごくイヤになり、そして周りにいる「人間」と接することもイヤになりました。

子供の頃は夢を持つことが大事だと言われて、自分らしさを尊重して、夢に向かって努力することが大事だと思っていたのに、大人になったとたんに夢よりも安定した生活を送ること、周りに迷惑をかけないように、あまり目立ちすぎないことが大事だと言われるようになり、ますます人間って何なのかわからなくなりました。

どうしたら人間が好きになれますか? 
人間の良さとは一体なんですか? 
(ちょろりん村、女性、21歳、学生)

僕はこうして文章を書いて35年も生活していますが、身にしみて学んだのは「言葉って本当に怖い」ということです。ペンは剣よりも強いとよく言いますが、言葉は実際にナイフのように人を切り裂きます。だから僕は慎重に慎重をかさねて文章を書いています。こういうやりとりも、いい加減にほいほい書いているように見えるかもしれませんが、これでずいぶん神経をつかって書いているし、何日か寝かせて、用心に用心を重ねています。僕はなんといっても言葉のプロですから、失敗は許されません。

でも世間の多くの人は、言葉の怖さをよくわかっていないように見受けられます。そしてSNSが発達したせいで、抜き身の刃物のような言葉が言説空間をひゅんひゅん飛び交っています。これは僕なんかから見ると(つまりプロの視点から見ると、ということですが)、ほんとうにとんでもないことです。あなたが傷ついたり、いやになったりする気持ちはよくわかります。そう感じるのがむしろ当然です。インターネットは便利なツールですが、僕らはなんだかとんでもないものを解き放ってしまったような気がすることもあります。

しかしいずれにせよもう後戻りはできないので、そのような状況にあわせて自分を護っていくしかありません。そういうツールとのあいだに、自分なりの「適正距離」を測っておくことが大事になります。うまく測ってください。

村上春樹拝