私のところにも物語がやってきた

前の方へのお返事で、物語は向こうからやってくる、とおっしゃっていましたね。
私のところにもやってきたんです。
でも、私はごく平凡な人間で、文才も画才も他の芸術的才能もありません。
そのときはびっくりしながらなんとか文章としてまとめたけれど、物語の方がその後も増大したので、結局完全な形にはできていません。

物語を文章にしていたときは、とても楽しくて初めて現実との一体感みたいなものを感じました。
でも、文章を書く苦しみや身体的な激しい消耗や創作の恐怖を思うと、大げさなようだけれど身がすくんでしまい、再び取り掛かることができないでいます。

私はそういうものが自分の中にあるときやってきたことも、荷が勝っていてそれと向き合えないことも、もちろん一度は書き上げた物語のことも、誰にも話せずにいます。
ほったらかしにしているのに物語はまだ私から消えないで、そんなものを抱えたままにしていることで、私は現実との乖離感にときどき頭がおかしくなったのではないかと感じます。
村上さん、私はどうしたら良いのでしょう。
(ホワイトソックス、女性、28歳、会社員)

そういうことは多くの人の身に起こっています。物語が向こうから押し寄せてきます。それはあなたが生きていることの証のようなものです。あなたが生きていくという行為を、あなた自身が自動的に「物語化」しているのです。そうすることによって、あなたの心と、あなたが含まれている現実をすり合わせ、融合しているのです。あなたはただその物語を通過していけばいいのです。それは乖離なんかではなく、むしろ融合のひとつのプロセスです。心配することはまったくありません。

それを有効な文章に変える能力を持っておられないとあなたはおっしゃいますが、その増大していく物語を、とにかく少しでも正確に文章として書き留めておくのは、大事なことかもしれません。人に見せるためではなく、あくまで自分自身の記録として。それがいつか何かの役に立つかもしれませんよ。文章にしておかないと忘れてしまうこともたくさんあります。

村上春樹拝