文学の美しさはモラルでは測れない

酒や薬物の上で創られる作品をどう思われますか? 
数年前にある人が小説を書くというので、興味を持ったのですが、執筆の度に酒を飲んでいると知り、興醒めしました。小説は少し読みましたが、趣味が合わずにホッとしました。
その出来事が引っかかっています。
酒や薬物の影響下の創作物は分野問わず沢山あります。秀でた表現をして名声のある方もいます。特に音楽の分野には。それで少し混乱しました。
村上さんは、酒や薬物の入った作品について、どう思われますか? 
(なかぎょう、女性、41歳)

作品が優れているかいないか、それがすべてだと思います。アルコール中毒、薬物中毒のうちに書かれた見事な文芸作品は歴史上、数多くあります。長期的に見ればアルコール中毒、薬物中毒は執筆作業に悪影響を及ぼすだろうと、僕は個人的には考えています(僕自身、アルコールを飲んで小説を書くことはまずありません。薬物はいうまでもなく)。しかし作品単位でみれば、話はまた別になります。コールリッジの『クーブラカーン』は彼がアヘンの幻覚で見たものを言葉に変えたものですが、まさに文芸史に残る美しい詩です。僕も大好きな詩です。文学の美しさはモラルでは測れないものです。

僕はレイモンド・カーヴァーやスコット・フィッツジェラルドの作品を愛好し、翻訳していますが、彼らは人生の一時期をアルコール中毒患者として送りました。でもどの作品が酒を飲みながら書いたもので、どれが酒抜きで書かれたものか、僕にはわかりませんし、そんなこといちいち考えたこともありません。結局のところ、繰り返すようですが、作品が優れていれば、それがすべてではないのでしょうか? もちろん、だから良い作品を書くためなら何をしてもいいということにはなりません。僕が言いたいのは、残るのは人ではなく、作品だということです。

村上春樹拝