真実にはいつも居場所がある

こんにちは。早速ご相談なのですが、わたしは言葉で人にものを伝えるのが苦手です。なのでいつもなんか違うなあ、うまく伝わらないなあと思っています。そうしていると言葉の上手な人たちがたくさんの話をして、その人たちの語ることがどんどん真実としての重みをもっていきます。わたしの話すことはだんだん真実ではなくなってしまいます。そうして時間がたつとそこに自分の場所というものがなくなってしまうのです。言葉の上手な人たちは特別悪い人たちではありません。わたしがもっと自分のことをうまく伝えられたらと思うのですが、なかなかむつかしいです。村上さんから何かアドバイスや心構えみたいなものをお伺いしたいです。ぜひよろしくお願いします。
(貝殻のなまえ、男性、29歳、販売員)

絵のうまい人や、声の美しい人や、手先のとても器用な人や、走るのが速い人がいるのと同じように、言葉を使うことが上手な人もいます。僕もいちおうプロの文筆家ですから、言葉を使うことにはある程度手慣れているかもしれません。自分が何を感じ、何を考えているかを、言葉を選び、構文を作り、それらを組み合わせていくことによって表現し、できるだけありありと人に伝えようとします。それが僕らのやっている仕事です。

でもそれらの言葉があなたのおっしゃるように「どんどん真実としての重みをもって」いくかというと、それはまた別の問題になります。いつもそうとは限りません。どれほどうまく言葉として表現されていたとしても、もしそれが真実味を欠いていれば、そのうちにだんだんしぼんでいって、どこかに消えてしまいます。真実を正しく告げる言葉だけがあとに残ります。真実にはいつも居場所がちゃんとあります。真実ではない言葉は往々にしてそれなりの報いを受けることになります。

ですから、もしあなたがうまく人に思いを伝えられないのなら、無理をして表現はしないで、自分なりの真実をそのままじっくり持っておられると良いと思いますよ。世の中には時間が経たないとわからないことがたくさんあります。具体的なアドバイスを差し上げられなくて申し訳ありませんが。

村上春樹拝