在日コリアン3世の気持ち

村上さん、こんにちは。ほんとに中学生のころから村上さんの本を愛読してきて、いつか聞いてみたいと思っていたことがありました。当時は村上さんのことも知らず、いきなり『羊をめぐる冒険』から読んで、鼠との最後の会話に胸が詰まって、泣いたのを覚えています。
今ずっと聞きたかったことを村上さんに書いていることがとても嬉しいです。

私は、生まれも育ちも日本ですが、国籍は韓国籍です。いわゆる在日コリアン3世です。ごく普通に周りに溶け込んで育てられたとは思いますが、今では、特にネット上では不特定多数の人から悪意を向けられたり、現実世界でも悲しいことは、生きてきてたくさんありました。
ですが28歳になって、仕事上の問題や、日常のさまざまな面倒事から逃れる為に、帰化手続をすることにしました。
働くためにと割り切ってはいるのですが、
これから前向きに生きて行こう! という気持ちと同じくらい、私の28年間ってなんだったんだろうという脱力感を感じます。

誰かに憎まれたこともなく、そして誰かを強く憎んだこともない周りの友達の朗らかで真っ白な人生を思うと……なんだか虚しいです。
勿論みんなたくさんの悩みを抱えて生きていると分かってはいるのですが、差別に対して悲しみや憎悪を感じたことは、私にとって、「人生のしみ」みたいに思えてしまいます。
それは恐らく、差別を受けることがあったら、絶対に怒ってはいけないし、こちらが分かって許してあげなくてはいけない、と教えられてきたからだと思います。
そういった立場だったからこそ、勉強や仕事を頑張ってきたということも言えますが、その制限がなかったら(例えばですが、韓国籍では公務員にはなれません)、私はどんな人間になって何をしていたんだろう……とも考えてしまいます。無駄なことですが……。
生まれ育ったこの地が好きで、でも傷つけられて、片思いってこんな感じですかね(笑)。人を好きになれたことがないからわからないですけど……。
村上さんが私の立場だったら、どうやって人生に折り合いをつけますか? 
初めて本を読んだときから、ずっと、ずっと聞いてみたかったことです。
私がやっぱりまだ子供なのですかね……。
(明日も日曜日、女性、28歳、税理士・法人勤務)

国籍の問題というのはむずかしいですね。帰化なさるというのは、いろいろと悩まれた末の決断なのだろうと推測します。僕みたいな個人的な仕事をしていると、言うまでもなく個人そのものの資格が大事なのであって、国籍がどうこうなんてまったく関係のないことなんですが、でも実社会(というか)では、なにかと面倒なことがあるのでしょう。組織はずいぶん冷たくできていますし、世間には心ない人や無神経な人がいますからね。僕も職業が「水商売だから」「作家だから」ということで、これまでしばしばひどい目にあわされてきました。マンションの入居を断られたり、管理組合の反対で売ってもらえなかったり。この国では、どこかのちゃんとした組織に属していないと、社会的に信用されないみたいです。そういう風にはねつけられると、やはり心が傷つきますよね。いろんな場所にいろんな差別が潜んでいます。

「今までこうやってがんばってきたのに」というあなたの気持ちもよくわかります。差別されたことが心のしみになっているということも理解できます。あなたが感じておられるのはとてもまっとうなことだし、子供っぽいとも思えません。読んでいて率直に胸が痛みます。

あなたに対して実際的なアドバイスを送ることは、僕にはできそうにありません。僕にできるのは、傷ついたり、理解されなかったり、悲しみにとらわれたり、深い沈黙に潜り込んでしまったりした人々の姿を、小説の中に描き続けることだけです。もしそれがあなたの心に、一種の「浄化」のようなものをもたらすことができるとしたら、僕としてはなにより嬉しいのですが。

村上春樹拝