表現したいことを自在に書く秘訣は?

村上春樹さんはじめまして。私は、村上さんの文章から伝わってくるユーモアがあり優しい人柄と、作品の中のリアルな描写や流れの綺麗な文章に魅了されています。村上さんの作品とふれ合う事で、私は様々な怖さを乗り越えて心の抽斗の整理をする事が出来たり、世間のニュースを直視できる様になってきたので、ご自身の考えをオープンに公表して下さる村上さんに感謝をしています。

沢山の素晴らしい作品を生み出している村上さんに教えて頂きたいのですが、村上さんは物語を文章として表現する事は初めから割とスムーズに出来たのでしょうか? 
私は自分の表現したい事を的確に捉えてリアルに表現できる様になりたいです。今は、イメージを形にする為に細部を見ようとしても霧がかかってぼんやりしていて上手く表現できずに試行錯誤しています。
村上さんが培ってきた自己表現の秘訣を教えて頂けると幸いです。

今回、好きな作家さんと繋がりを感じる事ができて嬉しいです。村上さんの世界と繋がるには気力も体力もかなり必要なので、村上さんを見習って走り続けます。拙い文章を読んで下さってありがとうございます。
(もこもこ、女性、38歳、会社員)

自分の表現したいことを自分が表現したいように表現するというのは、とてもむずかしいことです。僕ももちろん、初めからそんなことができたわけではありません。最初は限られたことを限られたかたちでしか表現できませんでした。けっこう不自由でした。それを35年くらいかけて、すこしずつ改良していったわけです。それにはもちろん努力が必要でした。規則正しい生活と、体力作り、集中力の強化、そのような生活システムの確立も大事でした(あくまで僕の場合はということですが)。自分の書きたいことがだいたい書きたいように書けるようになったかなと実感したのは、たぶん2000年くらいだったと思います。シドニー・オリンピックを取材に行って、二週間毎日、その日のうちに400字詰め原稿用紙30枚の完成原稿を書いていたんですが、あまりにすらすら書けちゃうので、自分でもびっくりしたことを覚えています。作家としてデビューしたのが1979年ですから、そうなるまでに21年くらいかかったことになります。それからあとは文章を書くのが楽しくなりました。

今でも新しい作品を書くたびに、いろんなことを試しています。こんなことはできるかな? みたいな好奇心をもってひとつひとつの作品を書き続けています。このような大量のメールを現在進行形でやりとりすることも、僕にとってはひとつの新たな挑戦です。そこでは嵩(かさ)とスピードが重要な要素になります。量が集まって、それで初めて見えてくるものもあります。うまくいくといいんですが。

村上春樹拝