「シナリオを書いている私」が恥ずかしい

私は幼い頃から物語が好きでした。
小説や映画、まんが・ゲーム等で表現される物語に心が強く引きつけられます。
なぜあの小説は売れたのか、とか、私だったら、あそこはああいう展開にするのに等と色々なことを考えてしまい、頭がいっぱいになってしまう性格です。
それ故、最近では脚本を書いています。
しかし、うまく完成させることが出来ません。
目標ページ数の半分や三分の二までは書けるのですが、どうしても「シナリオを書いている私」というものに恥ずかしさのようなものがこみ上げてきてしまい、そうなってしまったら、途中から頭に何も浮かばなくなってしまうのです。
ペラ五枚程度の断片的なシーンなら、いくつか書けるのですけれど。
なかなかちょうどよい感じの物語にはならないのです。
色々な種類の物語の「断片」を頻繁に思いつくような感じですけれど、それらを1つの公募の作品として完成させることができないということです。
村上さんは小説を書いている時に、恥ずかしくて書けなくなったようなことはありましたでしょうか。
このような私が最後まで物語を書くにはこの先どうしたらよいかなど、ご助言ございましたらご教示いただけませんでしょうか。
よろしくお願いいたします。
(物語好き、男性、26歳、会社員)

もし「シナリオを書いている私」というものに恥ずかしさのようなものを感じられるのであれば、はっきり申し上げまして、それはあなたが自分自身を超えていないからです。ものを書いているあるポイントで自分自身を超えることができたら、恥ずかしさみたいなものを感じているような余裕はないはずです。もっともっと自然に書きたくなるはずです。頭で筋を考えていると、どうしても自分を超えることはできません。身体全体でしっかり考えないとだめです。

ペラ五枚の断片でもいいから、自分で気に入ったものがあれば、それを徹底的に書き直すと良いと思います。初心者のうちは書き直しがすべてです。漫然とあちこち書き散らすのではなく、局地に集中すること。我慢強くトンカチ仕事に励むこと。そこからきっと自然な何かが出てきます。

村上春樹拝