丸谷才一さんの慧眼

村上さん、こんにちは。
コードネーム「船乗りシンドバッド」です。
こうしたメールが書けるのもずいぶん久しぶりのことで、それだけにいささか緊張します。
「村上朝日堂」に初めてメールを送ったのが1997年のことで,村上さんから返信メールをいただくのが何よりの喜びで、何を話題にして、どう趣向を凝らすかなど、いつも週末の早朝に思案を繰り返しながらメールを書き、そんな中でこのコードネームもいただいて、今も私にとって宝物です。
さて、今回久々の質問サイトということで、ぜひとも伺いたいこととして、丸谷才一さんのことがあります。私にとって好きな作家といえば、村上さんと丸谷さんの両氏でして、これは数十年間ずっと変わらず、丸谷さんが群像新人文学賞の選考時に村上さんの『風の歌を聴け』を強く推されたことも承知していました。
2012年に丸谷さんが残念ながら鬼籍に入られ、これを受けて「丸谷才一全集」が発刊されて、私も順に読み進めていたところ、驚いてしまうことがありました。というのは、丸谷さんは芥川賞や群像新人文学賞、谷崎潤一郎賞など多くの文学賞の審査員をされていたのですが、その選評は非常に厳しいものが多いことを知り、その中で1979年に村上さんが受賞された『風の歌を聴け』の選評だけが突出して、まさに絶賛されていたことでした。
「さすがだなぁ……」とつくづく思いました。この時点の村上さんの作品は、ともすれば時代の流行に乗った軽い小説といった見方をされることが多かった中で、丸谷さんのこの選評は、実に的確な評価をされていたわけで、その慧眼に驚き、また、お二人の今日に至る多くの作品を見れば、まさに至当な見方だったのだということでしょう。
また、私にとっては、以前に『若い読者のための短編小説案内』にある丸谷さんの『樹影譚』について感想を送らせていただいた際に、村上さんから率直かつ面白い返信をいただいたことも懐かしく思い出されます。
つい長々と書いてしまいましたが、村上さんにとって丸谷才一という人はどういう方だったのか、何かエピソードなども含めてお教えいただけたら幸いです。
(船乗りシンドバッド、男性、58歳、公務員)

「船乗りシンドバッド」、たしかに僕が差し上げたコードネームですね。覚えています。意味ないネームなんですが(笑)。

僕はなかなか文壇方面に出ていかない人間なので、丸谷さんと直接お目にかかったことはあまりなかったのですが、一度だけ二人で食事をしたことがあります。原宿駅近くにある有名なカウンター割烹で。でも緊張してうまく話せませんでしたね。僕もまだ若かったし、相手はなにしろ博学多識、洒脱な方ですから、何を話せばいいのかもよくわからないし。

亡くなったときは外国にいたので、お葬式にもうかがえませんでしたが、少し後でおたくに弔問に行きました。そのときに息子さんに、書棚からお好きな本をお好きなだけ持っていってくださいと言われまして、お言葉に甘えて、英語の原書をショッピングバッグひとつぶんいただいて帰りました。たくさんの英語の蔵書がありましたが、僕が驚いたのは、どの本にもしっかり読んだ形跡のあったことでした。さすが、すごいなあと思いました。

村上春樹拝