シューマンの『予言の鳥』を聴く

村上さんこんばんは。
『ねじまき鳥クロニクル』の第二部のタイトル「予言する鳥」について質問です。

村上さんの著作に登場する数多くの楽曲の中でも、私はこの曲がどうにも気になり、実際に聴いてみました。
なんと美しく不安な曲だろうと思い、すっかり魅了されてしまいました。
とても気に入ったのは、クララ・ハスキルの演奏でした。
バックハウスもなかなか素敵な演奏だと思いました。

村上さんはお気に入りの演奏がありますか? 
ご教示いただければ幸いです。
(がーこ、女性、28歳、フリーランス)

『森の情景』の七曲目ですが、よく単体としても演奏されます。僕はルービンシュタインの演奏(単体)で聴いて、この曲を知ったと思っていたんだけど、なぜかそのルービンシュタインのレコードがみつかりませんでした。どこに行ったんだろう? あとはリヒテルの演奏をよく聴きました。この『森の情景』はとても素晴らしいです。完璧な技術と、まっすぐ核心に踏み込んでいく洞察と、みずみずしいエモーション。50年代から60年代にかけてのリヒテルは、まさに魔法のような存在でした。アルフレッド・コルトーの演奏はとてもチャーミングでいいですよ。まるでお話のうまいおじさんの語りを聞いているみたいで。ハンガリーのピアニスト、デジュ・ラーンキの演奏も若々しくて気持ちいいです。ヴァレリ・アファナシェフの演奏は例によってこってりと企みがあり、まるでシューマンじゃないみたいに聞こえます。それと対照的なのがアシュケナージの演奏で、とてもさっぱりとしてすがすがしい(もう少し屈託があってもいいかもしれない)。うちにあった『予言の鳥』はそれくらいでした。

あなたがお聴きになったバックハウスとハスキルのレコードはうちにはありませんでした。機会があったら聴いておきますね。しかしシューマンの音楽ってうまく演奏するのはすごくむずかしそうですね。ロマン派の深い屈託と、はっと驚くほど清新な空気とが隣り合っていて、その狭間みたいなのを表現することはおそろしく微妙な作業になります。シューマンの音楽をまとめて聴いていて、つくづくそう思いました。やっぱりコルトーはいいな。

村上春樹拝