作品を富士山にたとえれば

こんにちは。私は小学生の頃から読書はしていましたが、ここ数年は特に読んでおり昨年は120冊ほど(再読したものも含む)読みました。もちろん春樹さんの本もたくさん読んでいます。ただ、最近春樹さんの小説についての本(『世界は村上春樹をどう読むか』『ハルキ・ムラカミと言葉の音楽』)を読んでみて、自分がいかに読解できていないかがわかり、ちょっと悲しくなりました。
でも春樹さんはどこかで「読書はとても個人的な行為だからどう読むのも自由」とおっしゃっていたと思います。今でもこのお考えは変わりませんか? まぁ基本的に解説書の類いは読みませんし、たとえ読解できていないとしても読み続けさせていただくのですが……。(笑)。
(ちゆき、女性、28歳、会社員)

どのような解説書も説明本も、それがどれほど優れたものであったとしても、あくまでテキストの一部を切り取ったものに過ぎません。小説というのはゲームではありませんので、「完全攻略本」みたいなものはどこにも存在しません。作品を富士山にたとえれば、一つの角度からそれを捉えた写真のようなものです。そこから全体像は浮かび上がってはきません。でも作品を読んだあなたは、実際に富士山に登って、下りてきた人です。あなたは既に全体を体験しているのです。今さら攻略本が必要ですか? 

村上春樹拝