「普通」がうらやましくて

村上さん、こんにちは。私は長年、闘病生活を送っている者です(精神科)。充実した仕事とか、結婚とか、余暇とか、そういう「普通の幸せ」は望むべくもなく日々が過ぎていきます。とても良くないことなのは分かっていますが、友人たちが「普通の幸せ」を手にしていくのを見て、僻んだり恨んだりしてしまいます。
色々な人生があって然りだとは思うのですが、何だかんだで「普通」というのは輝いているように思えてなりません。人を祝したり、幸せを願ったりできる人間になりたいのですが、何かご助言をいただけますか。
よろしくお願いいたします。
(匿名希望、男性、33歳)

こんにちは。あなたがどのような病と闘っておられるのか、僕には詳しいことはわかりませんし、また専門家でもありませんので、アドバイスみたいなものを差し上げることはできそうにありません。ただあなたのおっしゃる「普通の幸せ」みたいなものが世の中に本当にあるのかどうか、僕にはもうひとつ確信がもてません。「普通の幸せ」の裏にはひとつひとつ、ほとんど律儀なくらいに「普通の苦しみ」「普通の痛み」があります。あなたの目には「普通の幸せ」に見えるものが、本当に普通なのか、本当に幸福なのか、それはいちいち細かく検証してみないとわからないことです。だからあまり「普通の幸せ」というような一般的な表現にこだわってものを考えられない方が良いのではないでしょうか。人が生きていくというのは、たとえどのような人にとっても、決して生半可なことではありません。いろんなことがうまくいくといいですね。

村上春樹拝