外国だと生き生きしているような

ネットを通じ、村上さんが海外で英語で楽しそうに講義をされたり、生き生きとスピーチをされている姿を拝見したことがあります。日本の「村上さんがんばって下さいの会(今、発足)」メンバーとしては、ちょっと口惜しいところです。
日本語よりも英語での方が話しやすい、ということはありますか? 
それとも環境の問題ですか? 差し支えなければ教えてください。
但し、京都での公開インタヴューはとても楽しかったです。関西弁での河合隼雄先生のマネは最高でした。ビミョーに似てなかったですが。
(笛子、女性、54歳、非常勤講師)

まあ、外国ではいろいろとそういうことをやる「必要がある」ということなんです。詳しい事情説明は省きますが、とにかく必要に駆られてやっている部分があります。日本ではあまり必要がないので、結果的にやりません。そのうちにまたどこかでやるとは思いますが、テレビカメラが来て無理に映されたりするのがいやなので、人前に出るのがつい面倒になってしまいます。京都のときもかなり大変でした。しゃべること自体は(いったん腹を決めてしまえば)とくに苦痛でもないんだけど、それに付随することがいろいろとうっとうしいんです。ほうっておいてくれるといいんだけど。

僕の関西弁も少し錆び付いているかもしれませんね。普段使うことがほとんどありませんから、急に出てきません。しばらく関西にいると馴染むんですがね。また練習しておきますね。

村上春樹拝