世界のどこにも存在しない街で

こんにちは。
子供のころから夢の中でだけ行ける場所があります。古代ローマの温泉みたいなものが中心にある、大きな街なんです。坂道が多くて、暗くて、縮尺や勾配が変で、たぶん世界のどこにも存在していないんだと思います。
私はそこで遊んだり、冒険したり、恋をしたり、全然別の人生を生きています。年に何度か見るときもありますし、何年かぶりに見るときもあります。
その夢を見ると、夢で別の人生を生きていると実感し、安心します。
現実の私も夢の私も、多少起伏に富んだことも起こりますが、今日までおおむね、何とか生きてきたんだと思うと「お互いよく頑張ってきたねえ」という気持ちになります。
こういう夢、村上さんはご覧になりますか? 別の自分が生きている世界を覗き見するような夢、と申しますか。
夢といえば村上さんなので、一度お聞きしてみたかったです。

私は大学生の頃、ユースホステルでアメリカ人の男の子と、夜、村上さんの小説の「井戸」の話をしました。カタコトの英語ですごく難しかったけど、楽しかったです。アメリカ人の青年ともお話できる素敵な小説をいつもありがとうございます。
(聖子、女性、33歳、会社員)

あなたは夢の中で、その決まった場所にちょくちょく行くことができるんだ。そしてそれが楽しい場所であるというのは、とても素晴らしいことだと思います。なんだか人生の特典のようなものですね。僕にはそういう夢の中の特別な場所はありません。

ただ僕は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』という小説を書いているときに、あなたとだいたい同じような体験をしました。僕は壁に囲まれた架空の街について書き、そのあいだ実際にその街で生活を送っていました。それは本当に、目覚めながら夢を見ているような不思議な気持ちでした。そういうのは、あなたが夢の中で味わったのと同じような気持ちなんじゃないかなと想像します。それもなかなか素晴らしい体験でした。

村上春樹拝