どうしてなのか、研究が待たれます

中学生の頃から村上さんの作品は大好きなのですが、最近は何故か最新の小説が出ても読むのを躊躇してしまいます。今は『1Q84』がようやく読めるようになりました。

新刊が出るたびに、良くも悪くも有名作家でいらっしゃいますから、賛否両論、丁々発止の議論が町場から聞こえてきます。こういう熱狂の中では、せっかくの作品の繊細な味わいが、いくらか損なわれてしまうのではないかと思うのです。熱すぎる料理と同じく。あるいは私が猫舌なのと何か関係があるのかもしれません。
他の作家の作品はこんなことは全然無いのですが。

もちろん、ちゃんと購入はしています。今も『多崎つくる』を本棚の中で「冷まして」います。読める日が来るのが本当に楽しみです。それまではエッセイ(こちらはちゃんと発売日に読める)を読んで、何とかしのいで行こうかと思います。
これからもお元気で。なるべく長生きしてください。
(うゆりずく、男性、26歳、会社員)

うーん、もうひとつよくわからないんですが、世間がなんと言おうと、まわりの空気がぴりぴりしていようと、そんなこと関係ないじゃないですか。あなたが読んで面白いと思えば面白いのであって、それはあなたと本とのあいだの事柄なのだから、他人があれこれ口をはさんだり、影響をもたらしたりするような問題ではないと思いますよ。まわりのことなんか気にせずに、ごく自然に読まれてみてはいかがでしょう。もちろんいつ本を読むか、それはあなたの自由であって、僕がいちいち口をはさむことではありませんが。なんとなく。

でもなんだか不思議ですね。僕の本に関していえば、外国ではどこの国でもそんな「論争」というか、大きな賛否両論って、まずないんです。ごく普通に人々が手にとって読んでくれている。とてもナチュラルに、ごく順当に、おおむね好意的に。外国に行くたびに空気としてそう感じます。そしてほっとします。どうしてそんなに空気が違うんだろう? ただ僕が日本で個人的に反感を持たれているというだけのことなのでしょうか? そういうものはいったいどこから来ているのだろう? 研究が待たれます。

村上春樹拝