「僕」が失ったら困るもの(14000通目)

こんにちは。16歳の頃から村上さんの大ファンです。今回初めてこの質問大会の機会に巡り合えてとても嬉しいです。
『羊をめぐる冒険』で主人公が「僕は失うものなど何もない。けれど、奴らは僕が失ったら困るものを執拗に探し出して、奪うのだろう」というような箇所があったと思います。それを読んだ19歳の時以来「僕が失ったら困るもの」を時々ふと考えるようになりました。

いちおう私の推測としては「僕」は、「自分のペース」を奪われるとだめになるのではと思いました。人間、誰もがどんな困難な状況でもその人なりの最善を尽くしていると思うのです。(ただ寝ているだけの場合でも、本人にとっては)その工夫を、賽の河原の鬼みたいなやつにとことん崩されていったら、きっとあのハードボイルドな「僕」でも別人のようになってしまうのではと思いました。それとも、「僕」は鬼の目をかいくぐってやっぱり「自分のペース」を守りきるのかな? 石を積み上げきる、きらないは関係なく。
これからも、味わい深い作品を書き続けてください。応援しています。
(ぴよまる、女性、34歳、主婦)

そんなこと書きましたっけ? ぜんぜん覚えてないな。すみません。なにしろもう30年近く読み返していないものですから。いずれにせよ、あなたのは14000通目のメールです。おめでとうございます。記念にコードネームを差し上げますね。あなたのコードネームは「素敵なタンバリン」です。この名前とともに、残りの人生を生きてください。もし僕とどこかで出会ったら、「わたしは『素敵なタンバリン』です」と名乗ってください。

自由が奪われるというのは、何よりつらいことかもしれません。僕としてはそういうことだけは避けたいと思って生きています。と言いながら後ろを振り返ったりして。

村上春樹拝