「言葉で表せない」はずがない!

ぼくは「言葉で表せない」という言い回しが嫌いです。その表せないような事柄も、自分の日本語力を駆使して何とか言ってみることが、表現でありコミュニケーションであると思っています。「言葉で表せない」と言って片付けることは、考えることを放棄し、自分の言語力はそれまでだと言っているようなものだと思っています。村上さんはどう思いますか。
(2:14、男性、20歳、大学生)

でもね、言葉で表せないことって少なからずあるんです。実際に。また言葉で表してしまうと、いちばん大事な何かが失われてしまうということもあります。そういうものごとをうまく文章化するには、あるいは言語化するには、プロ並みの腕が必要になります。いや、プロにだってむずかしいかもしれません。たとえば誰か大事な人を突然亡くして、深い悲しみに沈んでいる人に、「あなたの気持ちを正確に言語化してください」と言っても、それは酷ですよね。もちろんそれは極端な例ですが、僕はこれまでにそれに似た局面を何度となく目にしてきました。そしてそのたびに言葉の無力さを実感させられました。

あなたのおっしゃることは理屈としてとてもよくわかります。面倒だから、時間がかかるから、と言って説明を回避する怠惰な大人たちがいることも確かです。お腹立ちももっともです。でも人には言葉を失ってしまう時があり、場所があります。あまりものごとを単純化しないで、そのへんを理解するように試みてください。

村上春樹拝