ずっとデモについて考えています

村上さん、こんにちは。大学生の頃からずっとファンです。かたい質問になってしまいますが、村上さんは最近増えつつある市民デモをどう思われますか。というのも私は国へ異議申し立てするあるデモにいきおいで一度だけ参加して以来、ずっとデモについて考えてしまっています。私のまわりはデモに参加したことはないけれど好意的な人と、嫌いなひとがけっこうはっきりわかれています。あるイベント(デモとは関係ない)で、ある作家さんが、デモは攻撃的なところがあるから好きじゃない、というようなことを仰っていたのが印象に残っています。

ざっくりな質問ですみません。デモをしても結果はかわらない(ことが多い)けれど、ただの一般市民は、国、行政になにかを訴えたいとき、ほかに選択肢があまりないのではないかと思い憂鬱になるのです。大勢で行動するということは、いい面もあるしそうでない面もあると思います。私自身はデモの趣旨には賛成なのですが一度しか行っていません。自分の体質にぴったり合わなかったのかもしれません。ただ、強く言いたいことがあるのになにもしないと、体のなかでむずむずが続きます。いろいろ模索中です。村上さんはどのようなデモにも参加したことはないと勝手に想像しておりますが、お返事いただければ幸いです。
(こりどらすパート1、女性、39歳、主婦)

僕は1968/69年世代ですので、デモについてはそれなりに多くを知っています。参加したことももちろんあります。どんなデモにも主催者はいますし、主催者の意向でデモの体質や形状は変わってきます。主催者が色つきだと、デモもやはりいくぶん色つきなものになってしまいます。でも(洒落じゃなくて)ある時点でデモが自発的に行動を取り始めることがあります。主催者の意志とは無縁に、人々そのものが生き生きと動き始めます。そうするとそのデモは本物になります。世界に向かって生きた訴えかけを始めます。僕はそういうデモは信じます。そうじゃないものは……ときとしてあなたが言うように「自分の体質にぴったり合わなかったのかもしれません」ということになりかねません。主張は同じなんだけど、その主張を勝手に仕切られたくない。とてもむずかしい問題ですね。おっしゃっていることはよくわかります。

村上春樹拝