書きたい小説に時間が取れない作家より

出版社の注文に応じてちょびちょびと書いている才能少なめの作家です。
一度くらいは大きな仕事をしてみたいと思うのですが、小刻みに仕事を頼まれると「家族を養うために」とか「干されたらどうしよう」と断れず、結局自分のオリジナル創作に時間を取れない優柔不断マンです。大ヒットして資産がたまれば、やりたくない注文は断れるのになぁと、ふと思ったりします。

村上さんは、作家になった頃、兼業だったと思うのですが、もし本が売れてなかったとしてもずっと作家を続けていたと思いますか?(もちろん売れるべくして売れた素晴らしい作品群だと思いますが)
(雪かき作家、男性、35歳、作家)

僕はかなり特殊なケースだと思います。第一に、作家になったときには、自分で店を経営していて、そちらでいちおう安定した収入がありました。第二に、僕はもともと「作家になりたい」という気持ちが自分の中にありませんでした。なんとなく作家になってしまった……みたいなものでした。でも小説を二つ書いて、短編集をひとつ出して、けっこう手応えがあったので、「じゃあ専業作家になろう」と思ったわけです。もしあまり手応えがなかったら、そのまま店を続けていただろうと思います。仕事自体は面白かったから。そして余暇に小説を書いていただろうと思います。でもそうしたらたぶん『羊をめぐる冒険』とか『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』みたいなボリュームのあるものは書けていなかっただろうと思います。もちろんそのあとに続く長編小説も。

あなたの事情は僕にもよくわかります。しかし本当に書きたいものがもしおありなら、どこかでいったん腹をくくらなくてはならないのではないかと思います。がんばってください。

村上春樹拝