「生きろ」と言ってあげるために

(1)昨年の夏、中学校時代の親友二人と、52歳にして、初めて富士登山を達成しました。同じツアーの中には、同窓会の二次会の酔った勢いで決めてしまったという人たちもいましたが、私たちは、26歳の若さで癌になってしまった友人の念願だったということもあり、登山することになりました。高山病の頭痛に悩まされながらの登山でしたが、下山後の温泉の心地よさは、忘れることはできません。村上さんは富士山に登ったことはありますか。
(2)私は、フロリダ州の公立高校で英語を教えています。村上さんの「沈黙」は、毎年恒例のショートストーリーのユニットに使わせていただいています。私の学校は貧困層が多い地区にあり、90%以上が黒人で、多くの学生が「フッド」の中で、犯罪に巻き込まれています。2日前にも、射殺された卒業間近の学生の葬式にいきました。そんな学生たちに、「死」へ向かって真直ぐに行動するのではなく、理由はなんでもいいから、「生きろ」といってやりたい。何かおすすめの本はありますか。
(オスベラカシ、女性、53歳、教員)

僕はまだ富士山に登ったことはありません。ちゃんとした動機がないと、なかなかできませんよね。関係ないですが、東京タワーにもスカイツリーにも上ったことはありません。

僕は10年くらい前に、ニューヨークの92nd Street Yというけっこう大きな会場で朗読会をやったことがありまして、そのときに主催者の提案に応じて、ブロンクスとクイーンズの高校生たちと読書について語り合う機会を持ちました。読書クラブみたいなのに属する生徒たちで、ほとんどが黒人かヒスパニックかアジア系だったんだけど、いろんな愉快な質問が飛びだして面白かったですよ。スーザン・マイノットさんと僕と二人で、みんなの質問に片端から答えていきました。彼らがみんな元気に育っているといいのですが(ところでスーザン・マイノットの「Evening」って本当にきれいな小説ですね。映画にもなったけど、日本で翻訳は出ているのかな?)。

おすすめの本? 急に思いつけません。レイモンド・カーヴァーの『ささやかだけれど、役にたつこと』を読むたびに、僕は人の命というものについて深く考えてしまいますが。

村上春樹拝


(管理人註)スーザン・マイノットの「Evening」は、『いつか眠りにつく前に』というタイトルで邦訳されています(森田義信訳・河出書房新社 2008年刊)。