「僕」の中に混入してきた「俺」の謎

村上春樹さん、こんにちは。
今、私は大学3年生で、卒業論文で村上春樹さんの作品を扱おうとしています。テーマは「村上春樹作品における人称の変化」です。

村上さんの作品はある時期から、語りを一人称から三人称へ転換していることに気づき、雑誌のインタビュー記事などを読んで、転換させた理由も理解しました。

ただ、人称について謎が解けないことが一つあります。『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』では、語りは三人称をとっていますが、つくるの一人称は「僕」となっています。しかし、何ヵ所か会話の際に「俺」と言っているところがあると思うんですが、それは何故なのでしょうか。
今まで「僕」(あるいは「私」)で統一してきたのに、「僕」と「俺」が混同しているのは初めて拝見しました。お答えいただけると嬉しいです。
(リンゴ、女性、21歳、大学生)

「僕」と「俺」「おれ」はもちろん意図的に、微妙に使い分けています。そう思って読んでくれますか? 人称というのは僕にとってはかなり大事な問題で、いつもそのことを意識しています。僕の場合、一人称から三人称へという長期的な流れははっきりしているんだけど、そろそろまた一人称に戻ってみようかなということを考えています。一人称の新しい可能性を試してみるというか。もちろんどうなるかはわかりませんが。

村上春樹拝