ボブとヒューイの決定的な違いは?

突然ですが教えてください。「ボブ・ディランとヒューイ・ルイスの晩年にはなぜ差が生じてしまったのでしょう?」「ポール・マッカートニーは“現在”なのに、なぜボーイ・ジョージは“時代”と括られてしまうのでしょう?」
(本当はワム!が好き、男性、47歳、会社員)

細かいことを申し上げるようですが、ボブもヒューイもまだ生きていますので、「晩年」はちょっとまずいです。「晩年」は人が亡くなったあとで使う言葉です。たとえば「レイモンド・カーヴァーは晩年になって高い評価を受けるようになった」とか。

ボブとヒューイにどうして差ができたか? それはクリエイティビティーの問題であると思います。ボブ・ディランは新しい種類の音楽を世界に提出し、それは音楽全体を、そしてまた世界の様相をも変えてしまいました。多かれ少なかれ。ヒューイ・ルイスは僕も個人的に大好きですが、彼の音楽にはそれほど多くの「新しい提案」はありません。言い換えれば、ちょっとひどい言い方ですが、「ヒューイ・ルイスがいてもいなくても、音楽の流れはほとんど変わらなかっただろう」ということになります。でもボブ・ディランがいなかったら、音楽は今あるものとはけっこう違うものになっていたはずです。それが二人のあいだの決定的な違いです。と僕は思いますが、もちろん異論のある方もいらっしゃるでしょう。ごめんね、ヒューイ。

ポールとボーイ・ジョージの関係もそれとだいたい似たようなものだと思いますよ。というか、並べるなよな、というのが僕の正直な感想ですが。ごめんね、ジョージ。

村上春樹拝