「眠り」の奥さんは不倫中?

村上さん、こんにちは。僕は、先生の「眠り」という短編小説をご縁があって4、5回読んでいるのですが、毎回、感じることが違います。

一番最近に読んでいて思ったのは、主人公のこの奥さんは不倫をしているのではないか?と。
その真意はともかく僕は小説を読むときに、しばしば、それを書いた作家の言いたい事ではなく、その時の自分にとって都合の良い解釈で物語を捉えてしまいます。

一つの物語を共有するという事は色々な解釈が出来るべきで、職業的作家の描く物語は、そのように作るべきだと思いますか? 

村上先生の物語の中に平和を感じたら、僕は他の細かいことは気にせずに、その平和を味わうようにしています。どっぷりと。
(市太郎、男性、30歳)

僕は小説=物語をひとつのテキストとして書いております。書き上げられたテキストを、僕とあなたは共有します。そのテキストと僕との関係と、そのテキストとあなたとの関係はまったく等価です。言い換えますと、あなたはそのテキストを、作者である僕とは関係なく、自分の好きなように扱うことができるということになります。だからもしあなたが「この『眠り』の主人公は不倫をしているのだ」と思えば(あるいは感じれば)、あなたにとって「眠り」はまさにそういう物語なのです。僕に遠慮をすることは何もありません。それはあなたの物語なのですから。そしてそのような「個人的テキスト」がこの世界に無数にパラレルに存在しています。それが僕の小説に関する基本的な考え方です。

村上春樹拝