「時」は何を解決してくれますか?

高校一年の男子です。
最近、進路や自分が大人になったらとか、将来のことをいろいろ不安に思ったりしているのですが、結局「時」が解決してくれるという結論に達します。
一体「時」というのは何を解決してくれて、はたまた何を解決してくれないのでしょうか
(たはちょ、男性、16歳、学生)

すごい根源的な質問ですね。答えるのがたいへんむずかしいです。だから答えるのをやめちゃおうかと思ったんだけど、そういうことではいかんと思って、こうしてがんばってメールを書いています。「時」というのは何を解決してくれて、はたまた何を解決してくれないのか(はたまた、というのが素敵です)? 

時間って目には見えません。そうですね? だからたとえば猫さんには時間という観念がありません。時間は目で見えないし、匂いも嗅げないから。でも人間には時間というものが観念としてわかります。一本の線みたいにして図表的に考えるからです。たとえば横書きにした歴史年表を思い浮かべてください。左の方が昔で、右の方が現代になっている。一定方向に時間は流れている。でも時間って、線じゃないんですよね。人間が無理に、わかりやすいように、線のかたちに変えているだけです。だから本来は猫さんのほうが正しいんです。時間なんて、かたちも匂いもないものです。そう思うと、僕らは本当なら猫さんたちみたいに暮らしていくのが良いのかもしれませんね。そうすれば過去とか未来とかについて、あれこれ思い悩む必要もありません。

でも今さらそうもいきません。もうこうなっちゃっているんだから。だから僕らは過去を悔やんだり、未来を不安に思いながら人生を生きていきます。疲れるよね。だから僕は思うんだけど、きみもどこかに猫みたいなところをちょっと残しておくといいんじゃないかな。普通はきちんと時間に従って生きていく。でも、何か都合が悪くなったら、「おれ、猫だからじかんのことなんてわかんねえ。過去も未来もねえや。なるようになるさ、にゃあ」みたいに適当にまわりをはぐらかして、開き直って生きていく。これしかないですよ。

はたまた、僕もわりにそうやって生きてきたような気がします。にゃあ。

村上春樹拝