根源的な魂の闇を描くために

おはようございます。はじめまして、春樹さん。はじめましてで、春樹さん、だなんて不躾ですいません。昔の話です。1989年6月25日発行の「ユリイカ」臨時増刊号で、柴田元幸さんのインタビューで、「僕がやりたいのは、どろっとした情念を取り去ったあとになおも残る、根源的な魂の闇みたいなものを描くことなんじゃないかと思う」と仰ってます。この感覚は仏教の一切皆苦に通じるところがあるのでは、と思いますが、いかがでしょうか? 前から気になっていて、いつか聞いてみたいと思っていました。

春樹さんがこの文章を読んでくれていると考えると、スマホをタップする指先が震えます。今後も素敵な作品、楽しみにしています。お身体ご自愛ください。
(にじますダンス、男性、36歳、調理師)

あまり一般教養がないので、仏教の「一切皆苦」って意味がよくわかんないんですが、僕は昔から「どろどろしたもの」がどうも苦手でした。でも日本の純文学って、その「どろどろしたもの」を描かなくてはならないみたいにずっと思われていて、僕はそういうのにどうしても馴染めませんでした。そういうものを描かなくても、人の魂の深く暗いところはきっと描けるはずだと強く信じていました。それで35年くらいその方法をずっと模索してきました。僕としては少しずつその方法をつかみつつあるように、自分では感じているのですが(もちろんそうは思わない方もたくさんいらっしゃいます)。

村上春樹拝