河合隼雄先生と話して感じたこと

こんにちは! 村上春樹さんの小説の謎を解き明かそうと色々な本を読んでおります。長編で一番好きなのは『羊をめぐる冒険』で、短編で一番好きなのは「アイロンのある風景」です。翻訳ではカポーティの『誕生日の子どもたち』、『ささやかだけれど、役にたつこと』(カーヴァーズ・ダズン収録版)が特に好きです。先行する多くの小説作品からインスピレーションを引き出しておられるようですが、その他の知的な書籍のなかでも特にフロイトやユングやそのお弟子さん等の本からの引用や隠喩が多いように思います。意外に感じたのは『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』に収録されているインタビューのなかでユングの本もほとんど読んでいないし、分析家の書いたものは意図して読まないようにしていると答えていらっしゃることと、短編「イエスタデイ」のなかで木樽にセラピーやセラピストなんて全く役に立たないと悪口を言わせているところです。私はてっきり春樹さんは『アンダーグラウンド』で述べられているような「善き物語(ワクチン的物語)」を追求する手立てとして無意識についてユングが述べた仮説を小説に援用しているのだろうと思っていました。しかし春樹さん自身ユングの理論を読んでいない、もしくは少なくともそうしたものの効力を信じていないとなると、私の中での春樹さんの小説観のようなものが大きく崩れることになります。もちろん小説家は読者からの質問に常にストレートに回答できるものではない(またそうすることはしばしば適切で無い)ことは承知しているつもりです。特に春樹さんの小説とユング心理学との関係性やユング心理学に対する春樹さんの印象・考え方・評価といったものについて、出来る範囲でご回答いただければ幸いです。

P.S.
『色彩を持たない多崎つくる』はゲーテの色彩論やドストエフスキーの『悪霊』と関係しますか? など他にも聞きたい質問ばかりです(・∀・)
( 笠原天吾、男性、37歳)

僕は意図してユング的な著作、あるいは解析的な著作は読まないようにしています。でもユング的な考え方とは、通底するところは少なくないように思います。それは優れたユング研究家である河合隼雄さんとお話をしていて、強く感じたことでした。話をしていて、いろんなことがすっすっと通じていく感覚がありました。だからこそ僕としては、そういう著作を意識して読まないようにしているということになるかもしれません。何度も繰り返し言っていることですが、小説家の役目は物語を語ることであって、それを解析することにはありませんから。

村上春樹拝