純文学か大衆文学か

村上さんは、自分のことを純文学者だと思われますか? 大衆文学者だと思われますか? どれほど読者を意識しながら小説を書いていらっしゃるんですか? 
(しゅく、女性、26歳、学生)

僕は最初に「純文学」の雑誌の新人賞を受け、それからも「純文学」関係の賞をいくつか受けていますので、いちおう「純文学」フィールドにカテゴライズされていますが、最近はお互いに越境する作家たちが多く、何が純文学で何が大衆文学(エンタメ系)かというカテゴライズはとてもむずかしくなっています。というか、カテゴライズする必然性がどんどん希薄になっています。お互いに方法を交換し合うということも多くなってきているからです。たとえば純文学の作家がSFの手法を取り入れるとか、ミステリーの作家が「マジック・リアリズム」の手法を取り入れるとか。

というわけで、僕が「これは純文学だ」と意識して小説を書いているかというと、とくにそんなことはありません。でも心の底で「これは娯楽小説ではない」という意識はいくらかあります。娯楽小説ではないというのは、言い換えれば、作者が読者に対してある種の、ある程度の努力を要求することだろうと僕は考えています。言うなれば、咀嚼力を要求するということです。「ここから先は自分の歯で噛んでくださいね」ということです。ときどきそのことで怒ったり、不満を寄せられたりする読者がいます。僕はそういうとき「申し訳ありませんが、こういうものなので」と言うしかありません。逆に「もっとしっかり噛ませろ」と文句を言う読者もいます。そういうときにも僕は「申し訳ありませんが、こういうものなので」と言うしかありません。むずかしいものですね。

ということでよろしいでしょうか? 

村上春樹拝