いちばん思い出深い外国人選手

村上さんは伝説の『ヤクルト・スワローズ詩集』でチャーリー・マニエルを取り上げておられましたが、スワローズに在籍した外国人選手でいちばん思い出深い人物は誰でしょう? 

小説を書くキッカケになったヒルトンは除かせていただきます。
(しんしんくーる、男性、52歳)

ペピトーンっていうやつがいたんですが、知ってますか? 助っ人外国人選手の中で「歴代最悪」と言われている選手です。元ヤンキーズの一塁手。1973年に鳴り物入りで、高給で当時のヤクルト・アトムズに迎えられたんですが、わがまま放題の人で、さんざんトラブルをおこしたあげく、アキレス腱を痛めて、アメリカに帰ってしまいました。結局43打席7安打、1ホームランというなさけない成績に終わってしまいました。僕はこいつのことはなぜかよく覚えています。

アメリカ側もこのことはとても申し訳なく思ったらしく、翌年「すまなかったな。こいつなら大丈夫だから」という折り紙付きで、チャーリー・マニエルが送り込まれてきました。このマニエルが大活躍して初優勝の原動力となりました。とすると、ペピトーンもいちおう何かの役には立ったのかもしれません。

あとヒルトンのあとに入ったスコットという外野手もよく覚えています。なにしろ足が長くて、若松の顔のあたりにお尻があったことを記憶しています。どうでもいいことですが。

村上春樹拝