失われてしまったものを抱えて

村上さんこんにちは。いつか村上さんに話したいと思っていたことを書きます。
もう何年も前のことですが、3人目の赤ちゃんを身ごもり、妊娠5ヶ月目の検診に病院に行きました。予約をしていても2~3時間待つのはざらなので、ゆっくり本を読めるいい機会だと思って、本棚にあった村上さんの本を持っていきました。『羊をめぐる冒険』だったと思います。ようやく診察の順番が回ってきて、女医さんがエコーでお腹を診たあと、「赤ちゃんはお腹の中で亡くなってます。成長の度合いからみて、1ヶ月くらい前にはもう亡くなってたと思われます」とわたしに告げました。

しばらくは言われてることがよくわからなくて、でも事実を飲み込むしかないって理解したとき、どうどうと涙が出てきました。でも、それぞれに元気な赤ちゃんに会う日を楽しみにしてる妊婦さんがいっぱいいる待合室でお会計を待たなくちゃならなくて、なんとか泣くのをがまんしよう、と思って、『羊をめぐる冒険』をいっしょうけんめい、読んだのです。心の底から悲しい気持ちをまぎらわすために読んだ、手元にあった本が、村上さんの本で、ほんとうに良かったと、とても感謝しています。

「もう失われてしまって、二度と戻ってこないこと」というのが、わたしはそのときまでぴんときてなかったのですが、そのことばが、わたしの心にすっと添ってくれたように思いました。悲しみは消えないけど、それでずいぶん救われた気がします。物語の力に、感謝します。ありがとうございました。
(びっつ、女性、43歳、自由業)

お気の毒です。とても悲しかったと思います。どうかその悲しみを抱えて生きていってください。それも生きる大事な意味のひとつだと僕は思います。「悲しいことは早く忘れた方がいいよ」と言う人もいるでしょうが、悲しみを忘れないこともやはり大事です。もしよかったら、まだ読んでいなかったら、僕の『国境の南、太陽の西』という小説を読んでみてください。ひょっとして、あなたの気持ちに通じるものが少しはあるかもしれません。

村上春樹拝