『フラニーとズーイ』は面白い

こんにちは。埼玉県に住む男です。私は読書が好きなのですが、和訳本を読むのが少し苦手です。というのも、文法構造の違いなどに起因すると思われる、妙に回りくどく角張ったような和訳に出会うことが多く、なかなか馴染めないからです。

村上さんは、これまでに多くの作品の和訳にも携わっていらっしゃいますが、和訳の際に大切にしている決め事のようなものがあれば、教えてください。また、これまでに一番和訳に悩んだ英語表現についても、その表現が使われた作品名と併せて教えていただければ嬉しいです。どうぞよろしくお願いします。
(さいたまっちょまん、男性、31歳)

翻訳された海外の小説は、どうしても文章が「普通の日本語の文章」とは少しずれたところに落ち着いてしまいます。地の文章もそうですし、会話もそうです。できるだけ普通の日本語に近づけようとしますが、どうしても超えられない一線みたいなのがあるようです。原文に忠実にあろうとすると、どうしてもそうなってしまいます。「だから海外の小説は読まないんだ」という方も数多くおられると思います。

でも僕はそのような「ずれ」の中に、けっこう大きなポテンシャルが潜んでいるのではないかと思うんです。そういう「ずれ」が、逆に日本語に新しい可能性のようなものを与えているのではないかと。ですから、そういう意味で、翻訳をしていくことは、僕にとってとても良い勉強になっています。

僕が苦労した翻訳はたくさんありますが、いちばん大変だったのは去年の三月に出したサリンジャーの『フラニーとズーイ』(新潮文庫)です。サリンジャーの練りに練られた、凝った強固な文体を日本語に置き換えていくのは、実に至難の業でした。サリンジャーが『キャッチャー』を乗り越えるために、どれくらい念入りに自分の文体を再構築していったか、訳しているとそれがひしひしとわかります。まさに力業です。訳すのはむずかしかった。でも面白かったなあ。

村上春樹拝