『僕が訳した本』

春樹さん、初めまして。
春樹さんの文章、日本語が大好きな、いわゆるハルキストとはちょっと違う(と思っている)読者です。

私が初めて春樹さんの文章を読んだのは、『キャッチャー』の翻訳でした。それまで、春樹さんの存在はもちろん知っていたのですが、学生時代の私は、夏目漱石やディケンズなど古典ばかりを読んでいて、現代の小説をあまり信用していないところがありました。

今から考えれば、古典にはすでに解説や一定の評価が付されていて安心して付き合えるけれども、自分と同じ時代を生きている作家の作品とは、どう向き合ったらいいのかどう折りあったらいいのか、新しい旅をするのに地図がないような気持ちで不安だったのではないかと思います。

ずっと愛読してきた『ライ麦畑』に、いきなり新訳が出るというので何度も本屋の平積みを見学に行き、やっぱり読んでみなくてはわからない! というのと、装丁が気に入ったのとで思い切って購入したのでした。

それ以来、英語の苦手な私も、春樹さんのおかげでアメリカ文学に触れることができ、今では、愛読書を聞かれれば「『グレート・ギャツビー』です、春樹さん翻訳の」というようになりました。そして、春樹さんの小説も読むようになり、『世界の終り』が愛読書に加わりました。

春樹さんの言葉は、私の人生のビタミン剤です。
翻訳のとき、小説を書くとき、どのようなことに気をつけて言葉を選んでいますか? 
(雅美、女性、40歳、公務員)

僕は個人的に翻訳をすることが大好きで、ほとんど趣味としてやっています。仕事だとは思っていません。かわった趣味ですよね。

ずいぶんたくさんの本をこれまで訳してきたので、そのうちに『僕が訳した本』みたいな本を出したいなと思っています。なんだか「わたしを通り過ぎていった男たち」みたいですが。それでこれまでに訳したテキストを試しに積み上げてみたら、たいへんな高さになりました。歳月の力です。これからもどんどん翻訳を出していきたいと思っています。

村上春樹拝