ハンドボール部員から異議あり!

高校時代に『風の歌を聴け』を読んで以来、30年近く、村上さんの作品を楽しませて頂いています。新作が出版されるたび、同時代に愛好する作家がいることのよろこびを感じています。

特に最新作『女のいない男たち』は素晴らしく、私は青春の残光も消えようとしている年頃ゆえ、身に詰まされるものがありました。しかし、今回は、クレームを申し立てねばなりません。『色彩のない多崎つくる~』のなかで、沙羅がハンドボール部であったこと、そのことについては話したくないというくだりがあり、それ以降その理由などについて語られる場面はありません。

私は、高校時代ハンドボール部員として、弱小でしたが良い仲間に恵まれ、青春を謳歌しました。女子ハンドボール部員も、多くは同様だったと思います。

スポーツに優劣はなく、ハンドボールもバスケットボールやテニスなどと同様、青春の1ページとして悪くないスポーツだと思います。
しかるに、物語において、全ての言葉について必然性が必要とは考えませんが、ハンドボール部員であったことを恥じるような記載は、我々元ハンドボール部員からすると、物語上必要な記述とは思えず、不当にハンドボール部員の地位を貶めています。松ヤニをべったり手につけて頑張っているうら若き現女子ハンドボール部員の心情を考えると、村上さんに松ヤニを進呈したくなります。

是非次回作で、ハンドボール部員の地位を回復するような、力強いハンドボール部員の物語が語られることを期待します。
(元男子ハンドボール部員、男性、41歳、公務員)

沙羅さんは高校時代、テニスとかバスケとかバレーとか、そういうポピュラーなスポーツにではなく、ちょっと渋いハンドボールに打ち込んでおられました。そういうところに彼女の性格が出ているわけです。水球でもよかったんだけど、そこまでいくとちょっと渋すぎるかもしれない。きっとすごく真剣にハンドボールをやっていたんでしょうね。その「すごく真剣に」というところが、本人にとっても、大人になった今となっては、ちょっと気恥ずかしかったのだろうと思います(そう想像します)。決してハンドボールを軽んじているわけじゃありません。

僕はハンドボールの試合を見るのが好きで、シドニー・オリンピックではよく試合を見に行きました。スピードがあってとても面白いスポーツです。キーパーを細かく観察するのが好きでした。

村上春樹拝