どうか私の代わりに

唐突ですが、豪華客船の旅について話したいと思います。私は、最近日本社会でもすっかりお馴染みになった格差社会の底辺にいます。仕事が終わってからの娯楽は主に、市民プールで泳ぐこと、海外文学を読むこと、そしてテレビです。最近、BSの旅番組で豪華客船の旅というのを時々やっています。よく競馬中継や海外ドラマに番宣が差し込まれているのを目にします。「いいな、豪華客船か。でも縁がないな」などとは思うのですが、実際に番組を見ることはしません。見たいけど時間がないとか、そういうのでもなく、端から見る気がないのです。そんなもの貧乏人には目の毒でしかありません。しかしながら、豪華客船の旅と聞く度に、心がざわざわしてしまう自分がいます。人間は、全く手の届かないものにもオブセッションを感じてしまうものなのでしょうか。

ここで、村上さんにお願いがあります。私の代わりに、世界一周クルーズに行って来て戴けないものでしょうか? そして、『遠い太鼓』のような旅エッセイを出してもらえないで しょうか?  村上さんご夫婦が旅の途中で出会う、現代のジェイ・ギャツビーのような人々との交流を、久しぶりの長編エッセイで読んでみたいと思います。豪華客船には、富や平和、人生についての様々なメタファーが溢れている筈です。きっと、それを読めば、私も長年の溜飲を下げることができると思うのです。十代から愛読し、ある意味家族の一員のように感じている作家目線からでないと、豪華客船の旅なんてとても楽しめそうにありませんから。

(****、男性、49歳、**市嘱託員)

船の旅って、船長と一緒にごはんを食べたり、ダンス・パーティーがあったり、ネクタイを締めなくちゃならなかったり、ゲームがあったり、けっこう面倒なんです。僕はあまり好きじゃありません。だいたいにおいて社交が苦手なので。一人で好きに旅行をしていた方がずっといいです。猫がいっぱいいる「猫カフェ」状態のクルーズ船なんかだと、ちょっと心が動いちゃいますが、ないですよね、そんなの。

村上春樹拝