微妙な問題

毎年秋になり「今年のノーベル賞は誰が受賞するのか」という話題がマスメディアやネット上に登場してくると、僕は「やれやれ、またノーベル賞か」といううんざりした気持ちになります。毎年のように春樹さんの名前が「ノーベル文学賞の最有力候補」として挙がり、イギリスのブックメーカーの賭け率でも一番人気になり、文学賞発表当日にはNHKの夜7時のニュースでも「果たして村上春樹さんのノーベル文学賞受賞は?」とトップニュース扱いになり、他の人物に受賞が決まるやいなや「村上春樹氏のノーベル文学賞受賞ならず」とニュース速報のテロップが登場します。受賞を逃してこの騒ぎなのですから、めでたくノーベル文学賞受賞となれば、どんな大騒ぎになるのか想像も出来ません。特に昨年はノーベル物理学賞で日本出身の三氏が受賞した為、授賞式までの連日の過熱報道ぶりにげんなりしました。僕自身は春樹さんが本当にノーベル文学賞を受賞されたらとても嬉しいのですが、その後の報道各社のインタビューを受けたり、文化勲章受章のため宮中に参内する春樹さんの姿をうまくイメージすることが出来ません。小保方さんのSTAP細胞による悲願のノーベル賞受賞者輩出の機会を失った早稲田大学は、春樹さんがノーベル文学賞受賞の暁には村上春樹記念ホールを作りかねません(出来てもいいけれど)。

春樹さんがノーベル賞に限らずなにかの栄典を欲しいという意思表示をされたことはおそらく一度も無いと思うので、毎年の「村上春樹のノーベル文学賞受賞なるか?」騒ぎの度に「アルフレッド・ノーベル氏はどうして文学賞なんて遺言に残したんだろう? 科学分野だけで良かったではないですか」という春樹さんのため息が聞こえてくるような気がします。

しかし逆に、これまで春樹さんが「ノーベル文学賞なんかいらない。万が一くれると言っても辞退したい」というはっきりとした拒絶の意思表示を出されたこともなかったと思います。

かつて春樹さんはエルサレム賞を受賞された際に万難を乗り越えエルサレムの地に立ち、今日「壁と卵」と呼ばれている感動的な受賞スピーチをなさいました。春樹さんご本人は可能であればノーベル文学賞を受賞したいですか? そして受賞の暁にはストックホルムから世界に向けてなにか訴えたいことがあるのでしょうか?
(ふるちんTypeR、男性、42歳、会社員)

僕のためにいろいろと考えてくださって、ありがとうございます。それについて僕の口からは何も言えなくてすみません。なかなか微妙な問題なもので。

世の中には具体的なかたちになったものでしかものごとを評価できない人がいます。たとえば売り上げの数字とか、文学賞をもらうかどうかとか。でも僕ら小説家は本来「かたちにならないもの」を追求しています。そのへんの齟齬というか、すれ違いはけっこうきついですよね。

僕に言えるのはそれくらいです。

村上春樹拝