空き巣のキモチ

さっき一つ目の質問を送ったばかりなのですが、何日か寝かせておいたのがまだあって…… しつこくてすみません、また送ってしまいます。
今まで短編をあまり好んで読まなかったのですが、最近短編のちょっとした会話やエピソードの方が心の中にずっと残っていることが多いのを感じるようになって、短編も面白いなと思うようになりました。子供がまだ小さいので、短編の方が読みやすいというのもあるのだと思いますが。「シェエラザード」はかなり心の中にムズムズと残っています。空き巣に入った家の中にいる時のあの「早く出なければ誰かが帰ってくるかもしれない」というソワソワした感じ。実際にそんな経験をしたことは(もちろん……)ないのに、自分がまるでそこにいるような感覚。そしてこの後に話してくれるはずのモノが聞けなかったまま終わってしまったあのストーンと落ちてしまった気持ち。ずっとキモチ悪くて引きずってしまっています。
短編ってこういうものなのでしょうか。書き手の村上さんからすると自分の意図した読者の反応ですか? この続きがとても知りたいです。
(実風、女性、39歳、主婦)

僕も空き巣に入ったことはありませんが、あの気持ちはなんとなくよくわかります。『心臓を貫かれて』というノンフィクションの本を訳したとき、主人公のゲイリーが空き巣に入るのが癖になってしまったという描写があって、わりにさらっとした描写だったんですが、それが心にずっと引っかかっていました。人には 「空き巣に入りたい」という欲望がどこかに眠っているのかもしれません。でも実行しないでくださいね。

村上春樹拝